経産省前テントひろばは今

今年もよろしくお願いします


昨年末、経産省前テントひろば応援団事務局より「テント運動の経緯と御礼」と題する文書が送られてきた。http://ameblo.jp/tent-ouendan/
これまでの収支報告書も添えられてあった。

テントひろばは、3.11東京電力福島第一原発事故に抗議して、半年後2011年9月11日、福島の人々を含む市民によって設置された。場所は霞ヶ関、原子力ムラの中心である経産省の敷地の一角。以来、福島原発事故の責任を問い、「原発と人間は共存できない」という情報発信の基地として維持されてきた。

テント3張り、数人のスタッフが交替で昼夜常駐していて、誰でもが気楽に立ち寄れる場所として、福島から、全国から、海外から、多くの人々を受け入れ、テントの内外で集会、座り込み、ハンストが行なわれ、反原発運動の拠り所となった。

官庁街の中心にあってユニークな異空間、掲げられたバナーや幟とともに、とても目立つ存在。経産省上層部にとっては、目の上のたんこぶ(いや、目の下かな)であったに違いない。

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2012年2月撮影 後ろは経産省

ところが、2013年3月、国と経産省は土地占有者と特定した2名を被告とする「土地明け渡し請求」訴訟を東京地裁に起こし、その後、「土地使用料相当損害金」と称する1100万円(最終的には3800万円に)を追加した。
いわゆるスラップ訴訟(高額の損害賠償請求訴訟提起により批判者を黙らせようとする違法訴訟)の典型である。
これに対してすぐさま「テント応援団」が結成され、支援が集まった。「脱原発テントと命を守る裁判」(弁護団;河合弘之、宇都宮健児氏ら)がたたかわれた。

ひろばの明け渡しは、国の政策に対し国民が意思表示をする「表現の自由を侵害するもの」であり、元来このスペースは経産省の敷地とはいえ歩道に接し市民に開放されていた小公園(ポケットパーク)なのに、経産省・国が損害賠償を求めるなど嫌がらせそのもの。

裁判所は、原発事故の責任を問うこともなく、テント側の主張に耳を傾けず国の主張をそのまま認めて地裁判決(2015年3月)、高裁判決(同10月)、2016年7月最高裁の上告棄却の決定を下した。ついに8月21日未明、テントは強制撤去。テント設立以来5年近く1807日目のことだ。
これがいままでのテントひろばのざっとの顛末だ。

私(sora)もこれまで上京の折、テントに2度ほど立ち寄ったことがある(女たちの会ニュース79号、2012年3月に報告)。そこにおられたスタッフ(どこまでをそういうのか知らないが)とは、フレンドリーに「世間話」をしてきた。2度目の訪問は、裁判闘争の敗色濃厚となった頃。人通りの少ない休日の午後のこと、Mさんは~裁判の被告にされている方だが、歩道脇に散らばった枯れ葉をホウキとチリトリで黙々と掃除されていた。テントまわりだけではない、ずっと先の経産省正門前までも!!(エコノミー症候群予防のため??)

大都会の真ん中とはいえ、野営だ。雨の日風の日、酷寒酷暑の日々、基本的にライフラインはなしだ。右翼の乱入に緊張し、権力の監視カメラに耐えながら、一方で周辺の道をたずねる人やら、手を振り挨拶していく人やカンパおいていく人やらいてビラを手渡し、市民との日々の交流。定期的に送られてくる「テント日誌」にも、テント運営の悲喜こもごも。しかし、いずれも悲壮感はなく、明るくどこか楽しげだ。(本ブログ2014年9月17日)
それは、次のコメントからも頷ける。
・・・闘いは参加自由、場は出入りが自由であるということが大切だった。これは日本の反権力や民衆の運動が、陥った壁を超えるための僕らの生み出した考えだった。(中略)テントひろばも論争や対立はあったし、それは、今後もおこるだろう。けれども、組織的な形になることはないだろう。これはテントが5年近く、存続してきた秘密の一端だった。 (脱原発テント日誌12月30日版より引用)

「テント運動の経緯と御礼」の文書には、これまでに寄せられたカンパ金の処理について、全国での反原発運動や東電への闘いを継続している福島の運動への支援として使わせてもらうことを事務局で協議し確認したとあった。「不当な土地使用料を認めることはできない」というテントひろばと弁護団の意志を尊重した結果である。

経産省前テント強制撤去後4ヶ月が過ぎました。
安倍政権などは『潰してしまえば早晩消え去る』と見込んでいたでしょう。しかし『テントひろば』を支える人々は、そんな思惑を見事に覆し、『もう悲劇・暴挙を繰り返させない!一刻も早く脱原発を』と、嵐の日も雪の日も、1日とて欠かす事なく、原発推進等の策源地たる経産省に対峙し続け、むしろ、排除されると正門前に移り、金曜行動に加え、『院内ヒアリング』も加速化する等々、ますます鋭く迫ってきて、彼らにとっては逆効果になったと驚嘆の評価も聞かれます。
 (脱原発テント日誌12月27日版より)

テントはなくなったけど、テントひろばを支えてきた人たちの意思はなんら変わらず健在のようだ。今度上京の機会があったら、経産省正門前の抗議行動に参加してみようと思う。

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